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2010/8/8 Less Than TV presents METEO NIGHT 2010

至宝のレーベルLess Than TVが送る極上の夏祭り、メテオナイトの開催が決定!!渋谷のO-west&O-nestを使って一日中行われる狂乱のフェスティバル。プンクボイのインタビュー&豪華ラインナップは見逃せない!!!!

Less Than TV主催のイベントには、いつも人が集まってくる。
毎回足を運ぶ人も多く、気さくにバンド・マンと挨拶を交わす客の姿もよく見かける。

レーベル設立から18年。
いまだにライヴ・ハウスを足場にしながら、自分にこだわったバンドをフォローし続ける希有なレーベル。
そんなLess Than TVが2010年に開催する夏祭りが、メテオナイト2010である。
渋谷O-WESTとO-nestの2会場を使い、総勢30組のパンクスたちがライヴを繰り広げる。
この1日が、ぶっ飛んだ日になることは間違いない。ここに集まっているのは、どこまでも自分にこだわったバンドたちだ。
だから祭りといっても、けんか祭りに近い荒々しさを伴う祭りになることだろう。
高ぶる気持ちを一先ず落ち着かせるため、

プンクボイにスペシャル・インタビューを決行。

しかし、逆にメテオナイトに対する気持ちがさらに燃え上がるインタビューとなった。
メテオナイトにも出演し、Less Than TVとは設立以前からの付き合いをしている彼に、
プンクボイ結成の由来からLess Than TV、スカムについてまで話を聞いた。
全てに通じるキーワードは、パンクス、そして谷口順!!

【プンクボイ インタビュー】

“『TVVA』みたいな雑多なコンピレーションはなかった”

ーLess Than TV関係のライヴに行くと、プンクボイさんをよくお見かけします。
Less Than TVとの付き合いがどのように始まったかを、教えていただけますか?

「最初は、ただの客でしたね。俺が上京してきた頃、GOD’S GUTSが札幌から上京してきて、
ニューキー・パイクスやビヨンズなども盛んに活動していました。
関東近県だったら千葉のニューキーとか、神奈川のスラム・パイレーツ、とか町田のスーパー・ダム、
あの辺のUSハードコアのバンドがある程度まとまり始めた時期で、色々ライヴに足を運んでいたんです」

ーそれは何歳くらいのことですか?
「18歳くらいかな」

ーライヴに熱心に足を運ぶ客から、どのように踏み込んだ付き合いになっていったんですか?
「毎回ライヴに行っていたので、いつの間にか顔見知りになって友達になっていました。
東高円寺のロサンゼルス・クラブとか、ニューキー、ビヨンズ、ヴォリューム・ディーラーズや
コーパス・グラインダーズ、あの辺のライヴにいつもいるから「打ち上げに来なよ」って言われて、
そこら辺から仲良くなり出したんです。今思うと、すごいメンツだよね。
だから、最初は周りをうろうろしている取り巻きでしたね」

ーその頃、Less Than TVはまだ設立されてなかったんですよね?
「してないですね。確か、次の年じゃないかな。あの周りをうろうろしているうちに、
キャプテン・コンドームスとかニューキーのジャケットを書いていたガクちゃんと、
カワナミさん、谷口さんでレーベルをやろうって話になってきて。
Less Than TVはZKレコードの姉妹レーベルとして始まってるんですけど、
それは当時ZKレコードの井出さんがあの辺のライヴをすごく観にきていたからその縁で。
それで、ZKサンプラーと『TVVA』が同時発売になるんです。
当時のアンダーグラウンド・シーンの若手とか、突出していた部分を持つバンドを集めたサンプラーが
二枚同時に出るって感じでね。Less Than TVサイドとZKサイドの色がちょっと違っていて、
パンク/ハードコア・ルーツか、それ以外って感じに二枚分かれていた」

ー『TVVA』に対する反応はどうでしたか?
「ZKサンプラーとは違う、USハードコア、USオルタナティヴみたいなものをまとめたコンピとして、
当時は認識されていましたね」

ーUSハードコア/USオルタナティヴって当時盛り上がっていたんでしょうか?
「いや、全然。仲間うちではすごく盛り上がっていたけど、当時盛り上がっていたのはマンチェスターだよね。
SECRET GOLDFISHとかVenus Peterの時代だったと思いますよ。
でも、当時を俯瞰で見ると、スナッフやLEATHERFACEの来日があった。
フガジも来たしマッドハニーも来た。そういう時代で、向こうの盛り上がりと
同時進行でリンクしてた部分は確かにあったし。実際ニューキーは海外からアルバムを出していますしね」

ーそれまで、『TVVA』のように海外のパンク/ハードコアとリンクしている
日本のバンドを取り上げたコンピレーションはなかったんですか?

「海外を意識している人はいたと思うし、海外の音楽を逆輸入しようって意識もけっこう強くあったんだけど、
そうじゃないところにLess Than TVがあった。ギターウルフが入っていて、キミドリが入ってる。
当時のUS的なハードコアもいっぱい入っているけど、誰も知らないバンドもいっぱい入ってる。
そんなコンピレーションはなかったんじゃないですかね」

“伝説の初ライヴ、プンクボイ誕生”

ープンクボイさんは四国のご出身ですよね? 地元にいらっしゃる頃から
ハードコアを熱心に聴いていたんですか? 特にニューキー・パイクスに対する愛情が強いですが。

「田舎にいるときからニューキーは話題で、他のバンドと明らかに違っていた。
それは単純に音楽的な部分で聴いたら違いがわかる。単純なハードコアって感じでもないですからね。
ハードコアなんだけど、独自のハードコアをやっていた。それでいて、一番キャッチーだったんだよね。
その頃、ハードコアは飽和期で、各バンドが色んな方向性を指向しながら、
オリジナリティを目指そうと工夫をしていた。USハードコア的になったり、ミクスチャー的になったり、
ジャンク的になったりと色々あった時代。俺の4、5個上の世代はみんなそんな風にして競っていた。
だから、俺はそこら辺のバンドが一番好きで、それを観たくて東京の学生になったんだよね」

ー最初は客としてライヴに足を運んでいたプンクボイさんが、自分でもステージに立つようになります。
必然的な流れではあると思うのですが、いつから活動を始めたんですか?
東京に出て4年くらい経ってからかな。やる気は常にあったんですけど、
自分の趣味が狭かったってのもあってなかなか始められなかった。聴くのはものすごく広く聴くんだけど、
やりたいのはものすごく狭いんですよ」

大地(ビヨンズ、fOUL、exSolid Dick Champion)「それに、周りのサポートがないとトク(プンクボイ)って
活きない感じがあったんだよ。個が強いからさ。バンドでやっても無理なんじゃないかって思っていた。
そしたら、プンクボイとして自分自身で始めて、それが結構衝撃だった」

「俺が好きなのは、アメリカにある田舎の訳わかんないハードコア・バンドや変なジャンク・バンドとかで、
全部真ん中じゃないものが好きだったから、メンバーが全然集まらなかったんですよ。
メンバー募集のビラを配っても、一切来たことなかったし。そのうち「自分でやれ!」って谷さんに言われた。
「お前一人でやれ!」って無茶振りをされて、仕方ないなあって(笑)」

ーあははは。最初はどんな音楽をやったんですか?
「一番最初にやったのは学祭で、変なジャンクをやっていました。
そこで、たまたまいた中原(昌也)さんと知り合って、暴力温泉芸者のライブのサポート・メンバーを
やらせてもらうようになったんです。暴力温泉芸者のライブ関係のひどいエピソード、
けっこう俺が関わってたり。レコードをバリバリ食っていたとかね」

ーえっ、レコードを食う… ?
「そう。レコードを全部噛み砕くとか、四つん這いで歩くとか、
ライヴでひどいことをやる要員としていたので、そういうことをしていましたね」

ーその話を聞いているだけでも、衝撃ですよ! 楽器の演奏はしてなかったんですか?
「演奏は興味なかったからしてないですね。しばらくパフォーマンス要員として活動していてましたね。
マイクを持ってただ叫んでいるか、パフォーマンスをしているかどっちかだったよね」

ーその時はプンクボイではなかった?
「違いますね。ただの個人ですから」

ー個人… (笑)。それじゃあ、どこでプンクボイって名乗り始めたんですか?
「鹿コアの時かな。「トクもいい加減バンドやれ」って言われていたんだけどなかなか出来なくて、
それなら一人でやるよって言って始めたのがプンクボイです」

ープンクボイは”punk boy”をローマ字読みしたという解釈でいいですか?
「そうです。あれは、谷口さんちでダラダラしゃべっていて「トクのバンド名決めようぜ」ってなった時に、
たまたま来た怒髪天の増子直純さんが、「ローマ字読みのpunk boyでいいんじゃねえ」っていう一言で全部決まったんです」

ーそれはすごいエピソードですね! 名前が決まり、
プンクボイとして始めて立ったステージではどのようなことをしたんですか?
「ベースの弾き語りです。いや、弾き叫びですね」

大地「印象的だったのは、ファースト・ライヴで知り合い達が激モッシュを始めて、
その足音の方が演奏よりデカかったんだよね(笑)。それがすごいって噂になって、
その場にいたボアダムスのEYEちゃんが文章で書いた。実際に俺もその場にいたんだけど、
バタバタバタっていうのとゲラゲラゲラっていう笑いとモッシュの融合がすごかった」

“最終的に信じられるのは、俺が俺であるってこと”

ーLess Than TVから発信される音楽って、どこか歪だけど独自性があって真っすぐな印象を受けますよね。
「谷口さんの考えるパンクとかハードコアって、普通のものと違うんですよ。
一般的なものからは外れている。もちろん正当派のものも当然認めるんだけど、
そこから外れているものも当然認める。だから、そのジャンル内で人気のないバンドの作品も出してましたね。
渋くてかっこいいんだけど、お客さんがついてきていないバンドも沢山出してました」

ー僕も谷口さんの魅力はその度量の広さにあると思います。
もうレーベル設立から18年が経ちますけど、2010年になっても、その姿勢は一貫してると思いますか?

「もちろん。例えば、tialaとかディープスローターとかも普通とは違いますよね」

ー確かにtialaは硬派で直進するようなライヴを見せる一方で、どこか深みや余白を感じさせますもんね。
Less Than TVを一言で説明するとしたら、何と答えますか?

「谷口さんですね。俺は谷さんを信頼してるんで、日常的なこと以外、
谷さんのやることに何の間違いもないと思っています。そう思ってずっと付き合ってきていますから」

ー野暮な質問かもしれませんが、谷口さんのどういう部分がLess Than TVを象徴しているんだと思いますか?
「うーん。やっぱり谷さんだからとしか言えないですね。谷さんはすごいクレバーな人で、
Less Than TVから作品を出していないものでも、谷さんに世話になっているバンドってすごくいると思うんです。
本当にいいバンドをみつけるし、人気がなくてもこのバンドはいいっていうのをすごくみつける人。
Less Than TVはやっぱり谷さんのレーベルだと思う。実務をやる人は本当に大変だと思うけどね」

ーいろんなベクトルを許容する、言ってみればLess Than TVって排他的な部分がないんですよね。
どんなものでも公平に見極める。そんな雑多性を大切にしていると思いますよね。

「でも、それって普通なんじゃないですかね。みんな色んな音楽好きでしょ?
俺はパンクだと思って全部やってますけどね」

ー僕がプンクボイを初めて観たのが、2008年にLUSHとHOMEで行われたイベントなんですけど、
深夜にクリトリック・リスと殴りあってたのが印象的なんですよ。2人とも顔を腫らして殴り合っている。
それが妙に響いたんです。そこからスカムって言葉に深くリンクしていったんですけど、
プンクボイさんにとってのスカムってどんなものなんですか?

「スカムはウルトラ・ファッカーズですよ。ウルトラ・ファッカーズを越えるスカム・バンドはいない。
俺は単なる都内NO.1でしかない。スカムはやろうとしてやるものじゃなくて、最初から決まってるものだから。
ウルトラ・ファッカーズの河合くんは、すごく才能もあるし、知識もあるんだけど、
あの人の音楽には何もないんですよ。彼には才能があるんだけど、音楽をやるとなぜかそうなるんです。
本当に尊敬すべき人間だと思う」

ーエンターテイメントとスカムは違うんですね。それじゃあ、プンクボイはスカムだと思いますか?
「楽曲的にはしっかりしていると思うけど、他の人間よりスカムだと思う」

ー具体的に何をすればスカムって定義できるものではないですが、
プンクボイさんは以前カミソリで体を傷つけたりしていました。
そうした行動をするのに理由はあるんですか?

「30歳を過ぎて、そういうことをやってたら、見てる方も対処に困るだろうし、
可笑しくてしょうがないかな、と。その頃、俺も30歳を越えたしとりあえず切っとこか~って思ってやったんです」

ーそれは、歳を取るにつれて固まりがちな固定観念に縛られず、おもしろさを追求するってことなんでしょうか?
「どちらかというと、くだらなさですね。俺は、くだんない人間ですから。
意味はあんまり好きじゃないです。twitterで意味のあるようなことを言ってますけど、本当はそこに何もない。
政治的な言動も、立場によって変わるでしょ?状況が変わればすべて変わっていく。
だから、最終的に信じられるのは、俺が俺であるってことでしかないじゃないですか。それは本当にそう思うんですよ」

ー善悪の問題も恣意的なものですもんね。立場によって、
それまで正しかったものが一気に間違いになってしまう。
それこそ最近の政治家の意見なんてころころ変わって辟易してしまいますもん。

「真面目なことをいうと、政治的なことに関心はありますけど、それと同時にくだらないことも大好きなんです。
だから、嘘はつきたくないですね。GG AllinとかMEATMENTとかくだらないハードコアとかパンクが大好きですから。
まったく意味がなくて、くだらなくて、内容がないようなね」

“ここでメテオナイトをやるっていうのはすごく意味のあること”

ー音楽だけでなく、映画などのカルチャーに関しても”くだらなさ”は大きなキーワードになりますか?
「バカ映画とかも好きだけど、『ブルー・ベルベット』とか、
つまんないカップルがつまんない目に合う『哀しみの街かど』とかも好きだしどうなんすかね。
くだんないという意味がすごい伝えるのが難しいと思うんです。まあ、ただ単に楽しいものは好きじゃないですね。
もちろん音楽を聴いたりライヴに行っているのは楽しいからなんですけど、
みんなが楽しいっていう空間は嘘だと思っている。
個人で感じているものを、みんなで楽しいよねって総合的に言うのは正確じゃない。
そこに一体感はあるけど、みんなが楽しいって一緒くたにしちゃいけないと思う」

ーLess Than TVのイベントには、毎回足を運ぶお客さんがいる一方で、
一体感とか馴れ馴れしさみたいなものはあまりないですからね。

「LESS THANのいいとこって、みんな個の人しか集まっていないとこなんです。
いい意味で自分のことしか考えていない。そういう音楽って素晴らしいと思うんです。
Less Than TVは、個として独立している人をリミックスするレーベルだと思っています。
その人しか出来ないことをやっている人をリリースするレーベル。
だからパンクでもハードコアでもないバンドがいたりするじゃないですか。
パンクとかハードコア・ルーツっていうのは重要だけど、かっこいいかかっこよくないかしか最終的にはないと思うし。
それは初期のころからそうじゃないですかね」

ー初めてプンクボイさんのライヴを観た時、衝撃の方が強くて自分の中でどう受け止めていいかわからなかったんです。
でも、どんな状況であっても自分を貫く姿勢を見て、パンクスだって思った。
それに気がついたときプンクボイ=punk boyってこともに気がついたんです。

「俺は俺じゃないといけないから俺だっただけ。それはパンクとか谷口さんから学んだことでもある。
俺は谷さんの弟子だと思ってます」

ー谷口さんを慕う人たちのパワーには本当に圧倒されます。
本当に多くの人たちがLess Than TVを動かしている。
それはやっぱり谷口さんが中心にいるからこそだと思います。メテオナイトはそのひとつの集大成的なイベントで、
そこには札幌へ出かけている谷口さんへの色々な想いも感じることが出来るんですよね。

「谷さんが帰ってきたときに恥ずかしくないようにしてなきゃって思っている。
谷さんに認められないようなことはしていたくないと思う。
それは、谷さんに関わった人間はみんなそうなんじゃないかな。だから、
ここでメテオナイトをやるっていうのはすごく意味のあることだと思っています」

ライター:西澤裕郎

Less Than TV presents
METEO NIGHT 2010

アーティストラインナップはこちら↓

<Ticket info>
前売¥2,500 / 当日¥3,000 (+¥500別)
(Tシャツ付限定前売券¥3,500  ディスクユニオンにて販売)
※WEST,nest同時開催
※整理番号なし

チケット絶賛発売中
電子チケットぴあ 0570-02-9999 [P:110-327]
ローソンチケット 0570-084-003 [L:79930]
イープラス
O-WESt店頭

<チケット取り扱い店>
disk union新宿パンクマーケット/disk union渋谷パンク・ヘヴィメタル館/disk union下北沢店
新宿Nat Records/高円寺Record Shop BASE/下高井戸TRASMUNDO/小岩BUSHBASH

<Tシャツ付限定前売券取り扱い店>
disk union新宿パンクマーケット/disk union渋谷パンク・ヘヴィメタル館/disk union下北沢店
新宿Nat Records/高円寺Record Shop BASE/下高井戸TRASMUNDO/小岩BUSHBASH

デザインはこちら↓

(問)ShibuyaO-WEST 03-5784-7088

【Less Than TV オフィシャルサイト】

2010.07.25 • Category: INTERVIEW, 未分類